第5回:既成概念に固執せず
最終回となる今回は、前回紹介した富士通のシステムを導入した、宮崎県都城市にある新福青果での取り組みを紹介する。日経ものづくりに不定期で掲載したシリーズ「異業種を知る」として、2009年8月号に掲載した記事である。
http://techon.nikkeibp.co.jp/article/FEATURE/20100317/181149/?ST=mono
早朝6時半。宮崎県都城市にある新福青果の朝は早い。農場で働く作業者が次々と事務所の前に集まり,準備を進めていく。その中で,他の農場では見られない,手のひらサイズの白い装置を,作業者が身に着ける(図1)。
図1●作業者が身に着けるGPS端末
作業者の1日の行動を記録する。終業後,パソコンに接続してデータを転送する。
(画像のクリックで拡大) この装置は,作業者が始業から終業までどのように移動したのか,つまり各作業者について時系列の位置情報をGPSによって記録する機能を持つ。夕方,事務所に戻ってきた作業者はGPS端末をパソコンに接続し,データを転送するのが日課となっている。
このGPSを使った情報収集システムはまだ検証段階だが,導入の背景には新福青果の農場が広大かつ分散していることがある。現在の農場は事務所から10km以内の範囲に273カ所あり,総面積は93haに及ぶ。この広大な農場の面倒を,基本的に約5人の作業者で見ているのだ。
安定収入と定期的な休日を
新福青果の代表取締役である新福秀秋氏は,家業だった農業を継がず,いったんは繊維メーカーに就職した。その新福氏がサラリーマン生活に見切りを付け,農業を継ごうと思い直したのは今から約30年前のことだ。「決して軽い気持ちだったわけではなかったんですが,父には『バカ』と言われましてね。だけど,当時はその意味が全く分からなくて…」(同氏)。
両親と一緒に農業を手伝うようになって,その大変さが身に染みてくる。朝早くから日が暮れるまで,日曜も祭日もない。農業の過酷さを思い知ると同時に,「このままでいいのか」という疑問が次第に膨らんでいった。
「両親をはじめ,多くの農業従事者がそれを当たり前と感じている。私はサラリーマンの経験があったからかもしれませんが,定期的な休日があるのが当然だと感じていたし,その日には家族サービスもしたい。しかし,これを農業に当てはめるのがなかなか難しい。天気がいい休日はドライブに行きたいと思っても,父は『こういう日こそ,雑草を取った方がいいんだ』と言うんです」(同氏)。
実家に戻って数年後,両親が所有していた農地の一部を新福氏が任されるようになった。当初は夫婦二人で切り盛りしていたが,長女の誕生を機に,忙しいときだけ近所の人に手伝ってもらうようになった。
すると,ある時,「近所の人から『明日は仕事があるの?』と聞かれたんです。それまでは,ほとんどいつも直前になってから仕事を頼んでいました。私自身はいつごろ頼みたいかの心づもりがありますが,頼まれる人にはそれが全く分からない。ハッとしましたね」(同氏)。
そこで新福氏が思い付いたのが,会社組織として農業を営むことだった。農場で働く人を社員として雇用し,休日と給与を保証するのである。もちろん,自分自身に対しても。
ドンブリ勘定からの脱却
こうして新福青果が法人化したのは1987年。当時,農業を法人化するケースはまれで,「調査や準備に約2年かかった」(新福氏)。ただ,単に会社組織にしただけでは,定期的な休日と安定した給与を保証できるわけではない。同氏は,それまで“ドンブリ勘定”だった農作物の原価管理の徹底と定期的な休日を前提とした生産(作業)計画,販路の開拓,規模の拡大などに取り組んだ。
その取り組みの中で特徴的なのが,農業では珍しい ITの活用だ(図2)。1995年からまず,日報という形でパソコン上にデータ収集を開始。「誰が,どこで,何をしたのか。どのようなものを,どれくらい使ったのか」(同氏)を表計算ソフトを使ってまとめた。
図2●データ管理の変遷
以前は農場別の使用量などは管理せず,ドンブリ勘定だった。そこで,パソコンを使ったデータ収集を開始し,現在ではノートパソコンによって現場で入力している。
(画像のクリックで拡大)
だだし,データ収集を開始した当初は入力作業が社員の大きな負荷になっていた。情報を入力できるパソコンが事務所に1台しかなかったためだ。一日中働き続けて疲れ切った社員が,日報のために時間を費やすだけでなく,ほかの人が入力するのを待たなくてはならない状況が続いた。
これを改善するために,防水仕様のノートパソコンを作業者が現場に持ち込み,現場でデータ入力できるようにするシステムを構築した(図3)。データはリアルタイムで事務所のサーバに転送される(図4)。作業の合間に入力作業を少しずつ進められるため,作業者の負荷は大幅に軽減された。
図3●作業実績の入力画面
作作業場所や作業内容,時間などを防水仕様のノートパソコンで入力する。
(画像のクリックで拡大) 同時に,使った農薬や肥料などの種類や量,作業時間が正確に分かるようになり,どの畑のどの作物にどの程度のコストが掛かっているのかが見える化できた。それまでは現場任せで,臨機応変に対応していた作業の進ちょく状況も具体的に把握できるようになり,緻密な生産計画が立てられるようになったのである。
畑ごとの原価を算出できるようになったことで,価格交渉にも裏づけを持った希望価格で挑める。事前に契約しておけば,年ごとの作柄に左右されにくくなり,収入の安定化につながる。
図4●作業実績の確認画面
各作業者が入力した情報はデータベースに蓄積され,事務所のパソコンから確認できる。
(画像のクリックで拡大) 実は,同社は農業協同組合(農協)を経由した,いわゆる「共同出荷」のルートを使っていない。「最初は『勝手に売るな』と怒られました。でも,自分が作ったものは適正な価格で堂々と売りたい。農協に出せば売ってはくれるが,価格がいくらになるか分からない。自分が造ったものの価格を決められない状況に,大きな疑問を感じていた」(同氏)。
農協を通さない直接取引の実現にも,蓄積したデータが効果を発揮した。作物と,それに使った肥料や農薬のデータをひも付けることが可能になったため,食の安全に関する情報を提供できるようになったからだ。肥料や農薬に関する情報を作物に添付したり,Webサイトで公開したりすることで,大型小売店などからの信用が大きく向上したのである。その結果,国内だけでなく海外との直接取引も次第に増えていった。
規模の拡大も志向
このようなデータ管理の充実を背景に,新福青果が取り組んだのが規模の拡大だ。新福氏の実家は当初2haほどの農地を所有していたが,約10年前から周辺の農地を借り受けたり,購入したりして急激に拡大していった。
規模を拡大することで,機械の稼働率や人による作業の密度が高まるなど,これらのコストが総コストに占める割合を小さくできるようになった。ただ,「農協との関係が悪くなっていたので,土地の購入や設備投資の資金の手当てには随分と苦労した」(同氏)。
順風満帆に見えた規模の拡大だったが,「数年前からコスト削減の限界が見えて来た」(同氏)という。当時,農場の数は既に200カ所を超え,面積も約75haになっていた。例えば作業用の機械。農地を拡大すれば,これまで1台で済んでいたものが,2台必要になる。しかし,2台にした途端,効率としては急激に悪化するのだ(図5)。
図5●規模拡大の限界
規模の拡大は機械や人の効率化に寄与するが,ある一定の規模を超えるとその効果に限界が来る。
(画像のクリックで拡大)
特に,新福青果の場合には農場が細かく分散していることも効率化の足かせになっていた。「どうしても農場間の移動が必要になり,その時間がムダになっています。農薬の使用量にしても,一つの大きな農場に散布するよりも余計にかかってしまって…」(同氏)。
このようなロスがいくらになっているのかを,同氏は試算してみた。例えば2008年には,251カ所の農場間の移動時間で1600万円,肥料や農薬,機械や資材といった部分でのロスが3500万円。合計5100万円だった。このムダをいかに減らせるかが,同氏の次の目標になった。
人の動きの現状を把握
では,どうすればよいか。そこで登場するのがGPS端末である。「理想は,一つの大きな農場にまとめることですが,それは現実的ではない。農場が分散していても効率化するにはどうすればよいか。それにはまず,現状を分析しなくてはならないのです」(新福氏)。
作業時間や移動時間を事細かに入力するのは作業者に大きな負荷となるばかりか,情報の確かさにも限界がある。その点,GPSの情報を使って自動的に,かつ確実にデータが収集されることは大きなメリットと考えられた。
図6●GPS端末によって収集した情報
どの場所に誰が,いつからいつまでいたかという情報が細かく表示される。
(画像のクリックで拡大) このGPSシステムは試験運用中のため,前述の作業実績のデータベースとは連携していない。GPSの電波を受信できないときの処理や,トラックの荷台に積んだ農器具を取りに行くために農場を少しだけ離れた場合の処理など,課題を解決しながら,本格運用へと移行したい構えだ(図6)。「移動の様子が具体的に示せれば,適切な対策をシミュレーションできます。きっと,社員のモチベーションも高まるはず」(同氏)。
ノウハウのDB化にも取り組む
GPS端末による移動状況の把握とともに,新福青果では農場の遠隔監視の仕組みづくりにも取り組む1)。気温や降雨量,土壌のpHといった情報や現地の画像をリアルタイムで把握できるシステムの導入だ(図7)。これによって,「現場へ行ってみないと分からないという状況,そしてムダな移動をなくし,適切なタイミングでの肥料散布などを実現しました」(新福氏)。
図7●農場の遠隔監視システム
(a)現在は5カ所の農場に,各種センサやカメラで構成される装置を設置。これらは互いに無線LANで接続されている。(b)得られた情報はリアルタイムで事務所から確認できる。
(画像のクリックで拡大)
例えば,雑草の生い茂り方,収穫に適した生育状況かどうか,病気が発生していないか─といったことの把握は非常に重要だ。現在は人が現地に行って見回っているため,ほかの作業との兼ね合いで不定期になったり,判断について個人差が出たりしてしまう。カメラの画像をリアルタイムで見られる仕組みであれば,手軽に,「それこそ,出張中でも確認できます」(同氏)。
現在は,比較的大きな農場5カ所にセンサを設置し,それらを無線LANでつないでいる。土壌のpHのデータからは肥料が十分かどうかといったことを定量的に判断できる。蓄積した過去の情報をさかのぼって確認することも可能で,降雨量の累積値なども分かる。 この仕組みを活用することで,ムダな作業を減らすとともに,作業のタイミングを逃すことによる失敗も撲滅し,収量向上と計画的な生産の実現に努めている。
新福青果では農業の企業化を進めることで,休日や給与の安定化といった当初の目的を果たした。しかし,「実は,単位面積当たりの収量や品質は,個人で作っていたときよりも落ちてきていたんです」(同氏)。
個人農家では限られた広さの農地に対して,朝から晩まで土にまみれて作業する。このやり方に対して,企業では,どうしても目が行き届かない部分が出てくる。会社組織でやる農業では,ゴールデンウイークや年末年始などの休日に発生した突発的なことにも対応しづらい。「あのときに肥料を追加しておけば,雑草を取っておけばと後悔することもしばしば。ある意味,雑になっていったんだと思います」(同氏)。
例えば,近所にいた70代半ばの人が営む農場では,「ニンジンを10a当たり6000kg近く収穫できて,しかもおいしい。ウチではその半分程度の収量しかなかった」(同氏)。
同氏は「この匠の技術を聞きに行って,現場の社員に伝えなければ」と決意する。しかし,匠の頭の中に入ったノウハウは,数十年という経験から身に付けたもの。簡単には修得できない。
そこで同氏は,農場に埋め込んだセンサ類からの情報を分析して総合的に判断し,必要となる作業内容を自動的に決定するシステムの構築に取り組んでいる。「土の水分量を把握するのに,『手で握ったときにこうなる』といったノウハウがあったとしても,人によって感じ方は異なる。定量的な情報に対応させることが不可欠だと思います」(同氏)。
現時点ではセンサから得られた数値情報と作業内容などのひも付けを,さまざまな作物で進めている。今後は,蓄積した情報を個人差なく理解できるように見せる方法を見つけ出すことが課題だ。
「2012年問題といわれているように,農業従事者が高齢化によって一気に減少することが予測されています。体力が落ちれば一気に離農が進み,ノウハウも失われていってしまうのを心配しているんです」(同氏)。農業に関するノウハウは,作物の種類だけでなく地域によっても異なるはず。地域によって気候も土壌の質も異なるからだ。
「全国各地で,農業ノウハウのデータベース化に取り組むべき。その結果として,日本発の体系化された,きめ細かな農業で海外に貢献できるのではないか」(同氏)という思いも強い。
同氏は約3年前,宮崎県を訪れたオーストラリアの大使に意外な言葉を掛けられたという。オーストラリアの農家は1戸当たりの農地面積が平均で数千haと,日本の比ではない規模の大きさ。それを,新福氏はうらやましく思っていたのだが,大使の言葉は意外や逆の内容だった。
「オーストラリアでは大規模農場が多いとはいえ,農地にできるのは国土の約5%しかないそうなんです。その点では,日本の方がうらやましいと言われました。雨も多いし気温も適度に高い。何より,高値で買ってくれる消費者がすぐそばにいて,長い距離を運ぶ必要もないというわけです」(同氏)。
日本の農業で競争力を高める方法はまだまだある。そう新福氏は考えて,これからも農業の効率化に取り組んでいく。
【3/26開催!:新産業開拓セミナー】
最新技術で変わる植物工場 ―次世代照明,省エネ,環境制御を徹底分析―
近年,大きな注目を集めている「植物工場」では,野菜などを生産する事業としてだけでなく,植物工場を実現するために必要な装置や技術を提供するという側面からもビジネスチャンスがあると期待されている。国は,現在約50カ所にある植物工場を3年間で3倍の150カ所に増やすという目標を掲げている。また植物工場のプラントや設備を中東やアジアなどへ販売するなど,輸出産業として育つ可能性も小さくない。
本セミナーでは,植物工場で求められている設備や技術に関して,要求される機能や特性,現状の技術レベルやコスト評価はどの程度なのか-など,今後,植物工場に関連したビジネス展開に必要な情報を解説する。(詳細はこちら)。