高速無線LAN「IEEE802.11n」を支える新技術とは?
IEEE802.11nは、無線LANに関してここ2、3年でもっとも注目されるトピックだろう。2007年のドラフト2.0承認から2年、2009年9月に標準化作業が完了した新しい無線LAN規格である。これまでの無線LAN規格となにが違うのか、なぜ高速なのか。11nに用いられている技術を押さえておこう。
11nの意義
http://ascii.jp/elem/000/000/469/469178/
無線LANは1997年にIEEEにより802.11が策定されて以来、1999年に11bと11aが、そして2003年に11gが策定された。それにともない、最大データ伝送速度も2Mbpsから54Mbpsへと高速化している。さらに補完的な規格として、セキュリティ機能を拡張した11iやQoSを強化した11eなども策定された。
IEEE802.11から11gまでの拡張は、通信の仕組みそのものに関しては物理層のみに留まっていた。つまり、11iや11eを除けば、MAC(Media Access Control)層から上はIEEE802.11策定以来変更がなく、今日まで使われてきたのだ。
なお、MAC層とはOSI参照モデルでいうデータリンク層の一部分を指す。MAC層の役割は、物理層との通信を行なうことである。そして、物理層とデータリンク層で用いられているLAN規格がEthernetだ。
Ethernetは1983年に10Mbpsが策定され、その後100Mbpsから1Gbpsになっている。これに比べて無線LANでは11a/gで54Mbpsである。しかも実効速度はその約半分程度の20~30Mbps程度に留まり、Ethernetの速度とは大きな差がある。その理由は、CSMA/CAの仕組みにあることを前パートで説明した。
この状況を打開し、具体的に実行速度の目標を100Mbps以上と想定したものが「IEEE802.11n」である。規格上の最大速度は600Mbpsにも達するこれを実現するためには、MAC層の拡張が不可欠だったのである。なぜ11nでMAC層の拡張が必要なのかを考えることで、無線LANへの理解がより一層深まるだろう。
11nを実現する技術として、MIMOやチャネルボンディングといったキーワードに注目が集まる。まずは、こういった物理層で用いられる技術を解説していこう。
MIMOの採用
MIMO(Multiple Input Multiple Output)は、送信機(無線モデム)とアンテナの組み合わせを複数用意して、データを並列化して同時に送信する技術である(図1)。送信機と受信機が二組あれば2つのデータ(データストリーム)を同時に送信できるため、データ通信速度が倍になるという仕組みである。これを2多重と呼ぶこともある。11nの規格では最大4組の送受信機まで、つまり4多重まで可能だ。したがって、最大でこれまでの4倍のデータ伝送速度になる。
図1 MIMOの仕組み。複数のアンテナによる多重送受信
MIMOのもう1つの利点は、マルチパス(多重波伝送路)を利用できることだ。これまでの無線LANでは、反射波は受信時の信号を劣化させ、到達距離やデータ転送速度の低下につながる要因だった。一方MIMOでは、複数のアンテナ(受信機)で複数のデータストリームを同時に受信するため、反射により各データストリームに遅延(時間差)が生じたほうが有利になる。このため、見通しの利かない場所や、反射波によって通信が不安定だった場所でも使えるようになる。また、従来の11a/gに比べて到達距離が約2倍になるともいわれている。
いいことづくめのように見えるMIMOだが、デメリットもある。複数の送受信機を同時に稼働させるため、消費電力が大きいのだ。アクセスポイントの場合は、2多重でもEthernetケーブルによる電力供給(PoE)の給電能力を超えてしまい、現行のPoEが使えない例もある。したがって、3多重、4多重の製品になれば消費電力は増加する。バッテリで駆動する無線クライアントではより深刻で、すべての製品にMIMOが実装されることはないと思われる。
速度を2倍にするチャネルボンディング
40MHzチャネルとは、隣接した2つの20MHz幅チャネルをつなぎ、2倍の帯域幅を得る技術である。これにより一度に伝送できるデータ量が増えるため、データ通信速度が向上する(図2)。これは「チャネルボンディング」と呼ばれ、日本では2007年6月の電波法改正により使用できるようになった。11aではW52/W53で8チャネルあるが、40MHzチャネルとして使えば4チャネルぶんしか確保できない。しかし、2007年2月の電波法改正で5.6GHz(W56)の利用が可能となり、新たに11チャネルが増えた。W52/W53と合わせると19チャネルになるため、40MHzチャネルでの運用に十分な環境が整っている。
図2 チャネルボンディング
なお、2.4GHz帯でも40MHzチャネルは不可能ではないが1チャネルぶんしか確保できないため、従来の11b/gとの干渉を避けて運用するのは難しいと思われる(正確には2.4GHz帯のチャネル幅は22MHzであり20MHzではない)。2.4GHzでの運用はまだ解決するべき課題が多いとする立場もあり、Wi-Fiアライアンスのドラフト2.0の認定にも含まれていない。
OFDMの効率改善
OFDM(直交波周波数分割多重)は、11a/gで採用されている変調方式である。11a/gの20MHzチャネルでは、52の搬送波(データ用48、同期用4)で通信速度54Mbpsを実現している。11nではこれを改良し、20MHzチャネルでも56の搬送波(データ用52、同期用4)にして65Mbpsを実現している。
11a/gと同じ20MHzチャネルを使用しているが互換性がなく、特に「HT(ハイスループット)モード」と呼ぶ。HTモードの20MHzチャネルを2つ合わせて40MHzチャネルにすると、搬送波が114になるように工夫されている。この場合、通信速度が150Mbpsとなる。
ただし、11nでは従来の11a/gと互換性のある54MbpsのOFDMも必須とされている。詳しくは後述するが、これは「レガシーモード」と呼ばれる。
ショートガードインターバル
ガードインターバル(GI)とは、送信されるシンボル(ビット)とシンボルの間に挿入される間隔のことを指す。これは、受信側で反射などによりタイミングがずれた信号が重なり、復元が困難になることを防ぐ仕組みである。11a/gでは800ナノ秒と決まっているが、11nではオプションとして400ナノ秒も可能になっている。これをショートガードインターバル(ショートGI)と呼ぶ。ただし、時間差で届く電波同士の干渉(フェージング)に弱くなるため、近距離で通信品質に問題のない範囲で使うべきオプションである。
以上の技術を総合することで、理論上は600Mbpsの通信が可能になる。ところが、実効速度はこれよりもはるかに低いことが予想される。その理由はCSMA/CAによるオーバーヘッド、つまり送信やACKの待ち時間などをいっさい考慮していないからだ。このため、たとえデータそのものが600Mbpsで送信されても、トータルのスループットは低下してしまうことになる。
11aを例として試算してみると、待ち時間などを考慮に入れた場合の計算上の最大スループットは約38Mbpsである。一方、11nでもデータ伝送速度とACKの送信速度を無限大(送信時間をゼロ)と仮定しても、理論上は140Mbps程度にしかならない。MIMOや40MHzチャネル、HTモードなどを駆使してもCSMA/CAの仕組みを変えない限り、実効速度100Mbpsの壁はかなり厚いのである。次回は、この壁を破るために行なわれたMAC層の拡張について紹介しよう。