iPodに対抗する「もう一つの軸」への期待
いまさら言うまでもないが、iPodの商品力は非常に優れている。記者自身も第2世代機から使い始め、これまで何台かのiPodを乗り換えてきたし、いまでも何かポータブルオーディオプレーヤーを選べと言われたら、おそらくiPodを買うだろう。
http://www.phileweb.com/review/column/200904/03/27.html
かつてウォークマンが王座に君臨していたポータブルオーディオプレーヤー市場は、いまやiPodによって完全に支配権を握られ、ビジネスモデルを完全にひっくり返された。iPodは単なるコンテンツプレーヤーという存在を超え、ある種のインフラとして機能しはじめている。
これは一にも二にも、iPodが新しい音楽や映像、最近ではゲームやアプリの楽しみ方を提案し、その提案が消費者にとって魅力的だったからだ。結果、世界に名だたる大手AVメーカーですら、iPodのビジネスモデルに組み込まれるという事態になってしまった。
ビジネスモデルをひっくり返されたなら、消費者にとってさらに魅力的なコンテンツとの付き合い方を提示し、もう一度ひっくり返し直すしかない。それが難しいから撤退するメーカーが増えていることは承知しているが、国内AVメーカーの奮起を期待する意味を込めて、もう一度ポータブルオーディオプレーヤー市場を再構築するための方策を考えてみたい。
■ストリーミングオーディオプレーヤーという方向性
現在のiPodの使い方は、まずPCで楽曲をリッピング、あるいは購入し、その後iPodの容量に応じて好みの曲を転送し、外出先などで聴く、というのが一般的だと思う(iPhoneなどは単体でも楽曲購入ができるが、母艦がPCであるという位置づけは変わらない)。
そこで提案したいのが、家庭内のNAS、あるいはPCやPS3などのサーバー機器に楽曲を保存しておいて、それを外出先のプレーヤーでストリーミング再生するというソリューションだ。無線LANやホットスポットの環境は次第に整ってきたし、WiMAXなどの次世代超高速無線網も今後本格的に普及するだろう。あるいは携帯電話の3G網を使っても良い。外出先におけるストリーミングオーディオのインフラは固まりつつある。
ご存じの方も多いだろうが、外出先でのストリーミング再生は、PSPのリモートアクセス機能を使って行うことができる。また動画で同じような機能を実現するものとしてロケーションフリーを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。
さらに言うと、このストリーミング再生は、現在のiPhone/iPod touchでも別売りのサードパーティー社製ソフトを購入すれば実現できる。このため、本機能を絶対的な差別化要素とすることはできない。だが、たとえば機器とソフトに標準でこの機能を組み込み、その利便性を強力にアピールすることで、商品コンセプトの違いを明確に際立たせることは可能ではないか。
妄想が膨らんできた。ストリーミングをメインの視聴スタイルとすることで内蔵ストレージは最小限にし、メモリーカードでの容量拡張で対応することで価格をできるだけ引き下げる。これは、ストレージ容量でラインナップの差別化を行っているiPodへのアンチテーゼとなるだろう。
またインターネット経由でのブートに対応したNASなども用意する(PS3は既にPSPからのネットブートに対応している)ことで、サーバー未使用時の消費電力を抑えるなどの工夫を積み重ねる。DRMコンテンツの再生にも対応できれば言うことはない。
ストリーミング再生の魅力を十分に伝えるため、これまでの音楽配信サービスの常識も壊す必要がある。通常の音楽配信サイトでは、ダウンロードしてから再生するという操作が必要となる。この「ダウンロード」を不要にし、大量の楽曲をそのままストリーミング配信するというのはどうだろう。
この種のサービスはすでにナップスターなどが展開しているが、ナップスターで対応しているのはPCでのストリーミング再生のみ。デジタルオーディオプレーヤーだけで、配信サイトから直接ストリーミング再生が行えれば、利便性は大きく向上する。さらに定額制にすれば、いつでもどこでも、大量に用意されたラインナップの中から好きなだけ音楽が楽しめる、という新たなスタイルが実現する。
ここに挙げたのは、あくまで一つのアイデア。実際にビジネスとして展開するのは少々無理があるかもしれない。ただし、どんな戦略を採るにせよ、ハード、ソフト、サービスまで一貫したトータルソリューションを構築し、高度な機能をかんたんに使いこなせる優れたユーザーインターフェースを提供することが必要となるのは間違いない。
■超高音質モデルの登場にも期待
もう一つ、全く別のベクトルとして、音質面での取り組みにも大いに期待したい。この分野ではアップルはそれほど積極的ではないし、国内AVメーカーがこれまで培った音質向上技術を十分に活かすことができるはずだ。
高音質を売りにした製品は既に数多く存在するが、その取り組みは筐体構造を強固にしたり、アンプ部を高音質化したりなどの方法がメイン。これはこれで重要だが、もう一歩踏み込んで、音源そのものを高音質化してしまったらどうか。
たとえば、ハイサンプリング/ハイビットレートへの取り組み。192kHz/24bitまでのリニアPCMの再生に対応させたり、あるいはLINNの音楽配信サイトで一般的なFLACをサポートしたりなどすれば、高音質音楽配信時代をリードするトレンドセッターとして注目を浴びるのではないか。本体にアップサンプリングコンバーターなどを内蔵してしまっても良いだろう。
また、DSDという優れたフォーマットに、もう一度光を当てることも期待したい。ソニー“VAIO”の一部機種には、CDをDSD変換して高音質再生することができる「DSD Direct」が付属している。このPCM→DSD変換にはかなりのCPUパワーが必要だが、再生だけならそれほど大きな処理能力は必要ない。DSDファイルを直接再生できるポータブルオーディオプレーヤーがあれば、音質重視のユーザーから注目を浴びるだろう。
一部の読者は既にお気づきだろうが、192kHz/24bitまでのリニアPCMやDSDファイルの再生に対応したポータブル機器はすでに存在する。コルグの1ビットモバイルレコーダー「MR-1」、いわゆるポータブル生録機だ。
MR-1の価格は7万円台と高いが、録音機能を省き、さらにストレージ容量を上げてプレーヤー専用機として売り出しても面白いのではないか。それにしても、せっかくDSDという技術をこれまで磨き上げたソニーが、このような機器を先に発売しなかったのは少し残念だ。
思いつくままに書いてきたが、念のため断っておくと、記者は決してアップルが嫌いなわけではない。この原稿を書いているのもMacBookだし、むしろアップルファンの一人に数えられるだろう。
だが、ポータブルオーディオプレーヤー市場のシェアのほとんどをiPodが占めている現状は、正直に言ってあまり気持ちが良くない。このまま独占が進めば、将来的にますます選択肢が狭まり、結果として欲しくないモノを買う羽目になるのではないか、という不安さえ感じる。市場が健全であるために、iPodに対抗する「もう一つの軸」が存在すべきだし、存在して欲しいと思う。
iPodの対抗軸になりうる製品やサービスを開発できるのは、現実的に考えて国内AVメーカーが最も可能性が高いはず。折しも、ソニーは4月1日に機構改革を行い、「ネットワークプロダクツ&サービス・グループ」という新グループを設立した。このグループはプレイステーションやVAIO、ウォークマン、ネットワークサービス事業、新規事業開拓プロジェクトなどを束ねる。この機構改革により、事業を横断した大規模なプロジェクトを進めやすくなるだろう。さらに進化したネットワークウォークマンの誕生に期待が持てる。
ソニーだけではない。詳細は不明だが、ソニーでロケーションフリーなどを開発した前田悟氏は、現在JVC・ケンウッド・ホールディングスの新事業開発センター長として、“真のモバイル機器"を開発中であることを公言している(関連ニュース)。これらの取り組みが実を結び、我々を驚かす製品やサービスが産まれることを願ってやまない。