最近では、家電でもベンチャー企業がすごくやりやすくなったんですよ──。
http://ascii.jp/elem/000/000/409/409659/
そう語るのは、家電ベンチャー「Cerevo」の代表取締役、岩佐琢磨氏。同氏は、過去に松下電器産業(現パナソニック)に勤めて、テレビの「VIERA」やレコーダーの「DIGA」、カメラの「LUMIX」といったブランドでネット家電の商品企画を担当してきた人物だ。インターネット、特に「はてな」コミュニティー界隈の人なら、ブログ「キャズムを超えろ!」の「和蓮和尚」氏といったほうが早いかもしれない。
2007年4月、岩佐氏は独立してCerevoを立ち上げた。社名は、Consumer Electronics(家電)にRevolution(革新)をもたらすという言葉に由来する。東京・秋葉原の裏路地を入ったビルに居を構えたこの会社から、今夏、初めての商品となるネット対応カメラが国内向けに発売される予定だ。
chumby
IT業界にベンチャー企業は数あれど、家電のジャンルではほとんど類を見ない。国内ではデザイン家電を世に浸透させた「amadana」ブランドを展開するリアル・フリートが、海外ではガジェットマニアの心を捉えた多機能デバイス「chumby」のチャンビー・インダストリーズが有名どころだろうか(関連記事)。
いずれも大手家電メーカーがなかなか手を出しにくいジャンルを突いてきた企業だが、それではCerevoはどんなユニークな製品を作っているのだろうか。
末広町近くにあるCerevoのオフィス
「カバン入れっぱ」でOK 共有重視のカメラ
Cerevoのネット対応カメラは、薄くて小さいポケットに入る小型のデザインになるという。500万画素のCMOSセンサーを搭載し、静止画を撮ってmicroSDカードに保存することができる。
と、ここだけ聞くとちょっと古いコンパクトデジカメのような印象を受けてしまうかもしれないが、競合と決定的に違うのは、写真を勝手にアップロードしてくれるという点。
カメラにIEEE 802.11b/gの無線LANモジュールを内蔵し、家に帰ってきて無線LAN圏内に入れば、カバンから取り出さずに写真をネット上に転送できるという使い勝手を実現しているのだ。
Eye-Fiカード
「無線で写真を転送というと、Eye-Fiカード(関連記事)もありますが、あれはカバンからカメラを出して電源を入れると同期が始まる。ニコンさんにも、一部、有線/無線LANを内蔵するカメラがあるが、これも同期の指示が必要。でも、みんなそうした操作すら面倒だから写真を放置するんじゃないだろうか」(岩佐氏)
Cerevoが解決したいのは「写真のシェアもれ」だ。例えば、旅行に友達同士で行った際、カメラ持っている人に撮影を頼んだのに、いつまでたっても写真が送られてこない。いつくれるのか聞くのも気が引けるし……というのは経験したことがある人も多いだろう(筆者も耳が痛い)。
だから新商品のカメラでは、カメラの電源を入れなくても、登録した無線LAN圏内に入るだけで写真を勝手にアップロードしてくれるようにした。
「きれいに撮れるけど送るのが面倒な写真と、それなりにしか撮れないけどきっちりシェアできる写真。どちらも需要があると思うけど、ニーズが高いのは後者のほうだろう。そのマーケットを狙っている」(岩佐氏)
写真は同社のウェブサービスに転送される。カメラの購入者は、「普通に使う分には十分な」(岩佐氏)ウェブスペースが無償でもらえるそうだ。無線LAN経由で写真のアップロードが完了すると、ユーザーの元にメールが届き、パソコンやiPhoneを含むケータイなどからアクセスして写真をチェックすることになる。
その際、ウェブサービス上で画像の回転やモノクロ化、コントラストの強調、トリミングといった編集作業が可能だ。また、同社のウェブサービスから、FlickrやTwitter、フォト蔵、Picasaウェブアルバムといった他社のウェブサービスにワンクリックで投稿することもできる。
ウェブページ上でトリミングしているところ
Twitterにも投稿できる
ケータイで見た場合 iPhoneで表示したところ
「いったん自社サーバーにアップロードするようにしたのは、みなさんTPOで送る写真を使い分けているからです。ヒアリングしてみると、撮った写真を全部mixiやFlickrなどにアップロードしている人はあまりいない。例えば、友達の顔が写っているのは除くという感じで、全部あがっちゃうのは抵抗があるみたいです」(岩佐氏)
一応、撮った写真をすべて他社サービスに転送するオプションも用意するという。価格は普及価格帯のデジカメと同じ1万5000円から3万円くらいで、Amazon.co.jpや楽天などのオンライン限定で販売する予定だ。
「あとは世にあるデジカメと比べて、レスポンスが速いのも特徴ですよ。実はもうひとつネット接続を生かした機能も用意しているけど、それは発売直前までの秘密です」(岩佐氏)
背景その1:開発ボードが劇的に安くなった
Cerevoがカメラ開発に使っているEVMボード。これは第一世代のもの
ところで筆者が気になったのは、Cerevoのような家電ベンチャーがなぜ今まで世にあまりなかったのかという点だ。
岩佐氏によれば、ここ5年ほど家電ベンチャーがかなり立ち上げやすくなってきたのだという。キーワードは「EVM」と「オープンソース」だ。
そもそもデジタル家電というのは、どういう風に作られているのだろうか? 簡単に説明すると、大企業ではひとつのプロダクトに、商品企画/ソフト/ハードという3つの部隊が関わっている。
このうち、セレボが内部に持っているのは商品企画とソフトで、ハードの開発はEMS(電子機器の量産を請負う企業)経由で海外の工場に委託している。いわゆるファブレス(工場を持たない)のメーカーなのだ。
これまたおおまかに説明すると、デジタル家電の開発というのは、商品企画が出してきた仕様を元に、ソフトやハードの部門が実物を作っていくという流れだ。筆者は何となく、ハードの部隊がプロトタイプを作って、ソフトの部隊はそのプロトタイプでソフトがどう動くかを確かめている──という手法なのだろうと思っていたのだが、実際はもっと効率のいい方法を採っているそうだ。
「ソフトのエンジニアは、開発ボードの上で組み込みソフトをチューニングしているんです。外観デザインや内部レイアウトは、別のハードウェアの部隊が考えている。ソフトウェアのエンジニアというのは、どんな見た目になるか分からないけど、とりあえずボードの上で組み込みソフトを作り込んでいきます」(岩佐氏)
家電ベンチャーを始めるハードルが下がったのは、この開発ボード自体が登場して、しかも劇的に安くなったからだ。
「アナログ家電の時代は、開発用のボードというのが存在しなくて、ゼロから製品を作るといくらかかるのかという時代だった。その次の90年代後半くらいにデジタル家電が登場して、こうした開発用のボードが売り物として出てきたんです。でもモノによっては数百万円かかったりして、オシロスコープやロジックアナライザなど開発に必要な計測機器類を付けると1000万、2000万円にふくれあがるということもあった」(岩佐氏)
それが今や数万円、数十万円の世界だ。
「最近では、EVM(Evaluation Module、評価モジュール)と言う開発ボードがよくできていて、8万円とか、10万円という値段でも買えてしまう。弊社が開発に使っているのも5万円を切っている(関連リンク)。5万というと個人では高いけど、会社から見るとパソコンより安いでしょ?」(岩佐氏)
現在、開発に使っている第2世代のEVMボード
カメラ付きのドーターカードがささっていた
実際に家電用のソフトを作り込むときには、EVM上にドーターカードをさして使う。カメラ、GPSのセンサー、液晶ディスプレー、タッチディスプレー、モーションセンサー、無線/有線LAN、USB──など、電子的につながるようなデバイスであれば何でも載せられるという。
「EVMボードのことを、われわれはよく『レゴの一番下の板』と言っています。例えば、カーナビを作りたいということになると、7インチのタッチセンサー付きディスプレーを置いて、シリアル端子につなぐ。あとはUSB端子のあたりからGPSのセンサーと、加速度などを取るセンサーを付ければ、カーナビのプロトタイプができてしまう。その上でソフトウェアのエンジニアは、液晶を映るようにしよう、GPSで位置情報が取れるようにしようとソフトウェアを書いていくわけです」(岩佐氏)
今では「BeagleBoard」(ビーグル犬のビーグル)と呼ばれる1万円台のボードまで出てきている。そうしたボードを電子工作好きの人が買い、Linuxのコードを落として組み込んで遊んでいるそうだ。
取材中にもパーツが届く。こうしたパソコンの「自作」感覚でパーツを取り寄せて家電を作り上げているのも、ちょっとアキバっぽい
背景その2:高機能なソフトをフリーで使える
もうひとつ「オープンソース」というのも、家電ベンチャーの成立を容易にした要因だ。かつて、デジタル家電のソフトは金銭的/人的コストがかかっていた。
「昔はボードは100万円で済むけど、組み込むソフトのライセンスで300万円、500万円という世界だった。しかもそのソフトのカスタマイズに高いスキルが必要で、習得にも会社にある分厚いマニュアルを読まなければいけない」(岩佐氏)
そのコストが大幅に下がっている。
「今はLinuxが使えればよくなった。当然ライセンスは遵守する必要はあるけど、Linuxコミュニティーからソフトを持ってきて無償で利用できる。不完全なソフトをデバッグをしてコミュニティーに還元することもあります」(岩佐氏)
Cerevoのカメラに組み込まれた操作ソフトのGUI
先ほどの画面がEVM上の液晶パネルに映し出されたところ
しかもEVMボードは、実際に製品に組み込むボードと電気回路的に同じなので、作ったソフトをそのまま焼き付けられる。
「われわれは日本でソフトを作り込み、中国ではボードの小型化を進める。最後にソフトを注入すると完成です。これはうちの会社に限らず大手も同じですね」(岩佐氏)
EVMやオープンソースをうまく活用して、省力化できるところは省く。その上で、ソフトやサービスといったところは自分たちで作って差別化する戦略だ。
「規模はまったく違うけど、会社のスタンスはアップルと近い。アップルもiPodのガワは中国や台湾で作っているが、中はシリコンバレーで開発している。うちも組み込みのソフトは全部自分たちで作っています。アップルでいうところのiTunes Store──ネットでつながる先のウェブサービスがわれわれのキモですね」(岩佐氏)
家電が好きなんです
「画質よりも共有性を重視したカメラ」というので筆者が思い出したのは音楽の記録メディアだ。音をデジタル化したCDは、音質が悪いと言われながらも最終的にレコードを追いやってしまった。そして今やMP3やAACなどの圧縮音源がCDを過去へと葬り去ろうとしている。
岩佐氏のブログ「キャズムを超えろ!」ではないが、Cerevoの新製品もキャズムを超えられる(=メインストリームに乗る)マス狙いのもの──かと思っていたが、実はそうでもない。
「ネットで写真を共有するという使われ方は相当増えてきましたが、一般の方で見るとまだまだ知らない人は多い。ネットを使う人のなかでは割とマスですが、大手の家電メーカーと比べると『ニッチ狙い』です」(岩佐氏)
だからネットで限定販売という方法を選んだ。とはいえ家電への情熱は大手に負けていない。
「自分は家電が好きなんです。作っているところをぜひ見てもらって、就職活動している人に『ものを作っていくのはおもしろいよ』と伝えたい。引いては家電業界全体がうまい方向にいくといいのですが」(岩佐氏)
「ものづくり」大国を支えてきた家電というジャンルでCerevoが「Revolution」を起こせるかどうか、その新製品の行く末に注目だ。