IEEE802.11nドラフト2.0のゆくえ――今買うべきアクセスポイント/ルータを考える
ドラフト状態が長く続く無線LANのIEEE802.11nだが、正式規格の策定時期およびWi-Fi Allianceロゴが持つ意味を考える。
ドラフトはあくまでドラフトなのか?
http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0810/31/news052.html
アセロス・コミュニケーションズ 代表取締役社長 大澤智喜氏 最近、ノートPCのスペックで目につくようになった言葉がある。それは「802.11nドラフト2.0対応」あるいは「802.11a/b/g/nドラフト2.0準拠」といった文字だ。無線LANのアクセスポイントやルータにも、この言葉が目につく。わざわざ2.0対応や準拠とうたうのは、それまでリリースされていた802.11nのドラフト対応あるいは準拠製品が1.0対応/準拠であったことを意味する。つまり無線LAN製品として、世代が新しいことをアピールしているわけだ。
ところがノートPCのベンダーに、「この802.11nドラフト2.0対応ノートPCで、接続が保証されるアクセスポイントやルータはどれですか」と聞くと、驚くべき答えが返ってくることがある。それは「あくまでもドラフトなので接続性の保証はできない」というものだ。もちろん、これは「公式見解」であり、接続できない無線LAN製品をベンダーが販売しているわけではない。内部では市販のルータやアクセスポイントとの接続テストを行っているベンダーも多い。ただ、準拠するのがドラフトである以上、接続性の保証はできない、たとえドラフト2.0対応をうたう製品同士であっても、というのがオフィシャルな答えとなるようだ。
しかし、そうはいわれても、ユーザーとしては困ってしまう。ドラフト2.0対応のノートPCを購入したユーザーは、どんなアクセスポイント/ルータを買えばいいのだろう。逆に、ドラフト1.0に対応したノートPCを持っているユーザーが今、アクセスポイント/ルータを買う場合、準拠したドラフトに合わせてドラフト1.0対応の製品を探すべきなのか、それとも新しいドラフト2.0対応の製品を買うべきなのだろうか。そもそもドラフト2.0というが、いったいいくつまでドラフトは進むのか、正式規格が決定するのはいつごろなのか。こういった点を、無線LAN用半導体のトップベンダーの1つであるAtheros Communications日本法人の代表取締役社長である大澤智喜氏にうかがった。
IEEE802.11nの最終規格は2010年に決定!?
まず一番気になるのは、IEEE802.11n規格の動向だ。いったいドラフトはいくつまでいくのか、またドラフト3.0に準拠した製品とかが出てくるのだろうか。
その答えだが、まずドラフト3.0に準拠した製品は出てこない。業界の意向として、ドラフト2.0準拠の次は最終規格、という流れであるそうだ。何より、実はとっくにドラフト3.0はリリースされている。それどころか、本稿執筆時点で最新のドラフトは7.0まで進んでおり、今さら3.0準拠の製品はあり得ない。それならドラフト8.0準拠の製品はないのかというと、上に記したように次は最終規格で、というのが業界の総意であるらしい。
本来、802.11の標準化タスクグループでは、ドラフトは頻繁に更新される。それが802.11nに関しては、ドラフト1.0が採択された2006年1月から、ドラフト2.0が採択されるまで1年の長きを要した。その後は1年半あまりで5回ほどドラフトは更新されており、通常に近いペースになっているという。
このように標準化が難航している理由の1つは、無線LANのアプリケーションが広がっていることだ。当初は無線LANの用途イコールPCだったが、現在はポータブルゲーム機、スマートフォンなどPC以外の用途にも広く使われている。もはや無線LANの動向を、PC業界だけでは決められなくなったのである。利害の異なるさまざまな業界の意向が反映されるようになった結果、標準化に時間がかかるようになったわけだ。
では最終規格はいつになったら登場するのだろう。IEEEにおける現時点での公式スケジュールでは、2009年9月とされている。この種の規格化スケジュールが遅れがちなことを割り引いても、2010年早々には最終規格が決定するのではないか、というのが現時点での観測だ。
高速化オプションのガイドラインが策定
Wi-Fi Allianceが認証作業を行った製品に使用されるWi-Fi CERTIFIEDロゴ 上でも述べたように、ドラフト1.0からドラフト2.0までは約1年の歳月を要した。この結果、ドラフト2.0は、それなりに完成度の高いものになったという。おそらく1年間の論議の結果、ドラフト1.0とは異なる部分もある程度まとまったのだろう。すでにドラフト1.0で走り出してしまった製品を、将来登場するであろう最終規格に近い形に軌道修正するためにも、あたらしいドラフト2.0に準拠させたほうがよい、という判断が働いたものと思われる。製品をドラフト2.0ベースにするために、業界団体のWi-Fi Allianceで802.11n準拠製品の認証作業を行うことになり、その作業が2007年の夏からスタートした。そしてこの認証作業をクリアし、802.11nドラフト準拠を示すWi-Fi Allianceのロゴをつけた製品が2007年の暮れあたりから店頭に並び始めた。
このWi-Fi Allianceの認証プログラムにより、IEEEの規格では規格化されているものの、必須とされていない高速化のオプションについて、製品にインプリメントする際のガイドラインが策定された。802.11nには無線LANのデータスループットを向上させる技術として、さまざまな技術が採用されているが、Wi-Fi Allianceの認証プログラムでは、可変長フレーム、ブロック単位でのACK、MIMO空間多重といったフィーチャーが必須となっている。可変長フレームやブロック単位でのACKは、プロトコルのオーバーヘッドを減らし、実効帯域を向上させる効果がある。
MIMO空間多重は、複数の情報信号(ストリーム)を同時に送信することで多重化し、伝送速度を引き上げる技術。いろいろなインプリメントがあるが、複数のアンテナや無線機が必要になる。これを示すのに「n×m MIMO」といった表記が良く用いられる。しかし、このnとmが何を示すのかについては従来は規定がなく、ベンダーにより異なっていた。
Wi-Fi Allianceの認証プログラムではnを送信機の数、mを受信機の数と決め、アクセスポイント/ルータは2×2以上(送信機、受信機ともに2台以上)を必須、クライアントについては1×2以上(送信機は1台以上、受信機は2台以上)を必須とした。基本的には無線機の数(より正確にはストリームの数)は多ければ多いほど広帯域になるが、コストと電力消費量が増える。また環境によっては3×3でも帯域が限られる場合もあり、無線機数が多いから必ず広帯域であるとは限らない。802.11a/gの最大データ転送レートである54Mbpsが理論値であるように、802.11nの300Mbpsや450Mbpsという最大データ転送レートもあくまでも理論上の上限となる。
もう1つデータ転送レートを引き上げるのに大きな効果を持つ技術に、40MHzチャンネルがある。既存の20MHzチャンネルに対し、隣接した2つのチャンネルを同時に利用することで2倍の帯域を利用可能にする技術だが、Wi-Fi Allianceの認証プログラムではオプションとなる。ただし、インプリメントする場合、それは5GHz帯の無線LANに限定される。2.4GHz帯は利用できる周波数帯域が限られており、Bluetoothなどそのほかの無線技術に干渉する可能性が高いからだ。2.4GHz帯で40MHzチャンネルを認めるかどうかは、IEEEでも議論があるらしいが、少なくとも現行のWi-Fi Allianceのロゴを取得するには、あきらめなければならない。
無線LAN製品を扱う各社のホームページでもWi-Fi Allianceのロゴマークが使用されている。左がバッファロー、右がコレガのホームページだ
今、購入すべきアクセスポイント/ルータは?
というわけで冒頭の問いの答えだが、ドラフト2.0準拠製品のユーザーが今、購入すべきアクセスポイント/ルータは、Wi-Fi Allianceのドラフトn認証ロゴのついた製品、ということになる。ノートPCの場合、WindowsやCentrinoのロゴのように、本体にステッカーがはってあることはあまりないが、多くの場合内蔵する無線LANモジュールは、業界団体であるWi-Fi Allianceの認証を受けている。認証ロゴのついた製品同士の接続性は、Wi-Fi Allianceが検証済みだ。ただし、Wi-Fi Allianceの認証ロゴがある機器同士でも、データ転送レートが保証されるわけではない。製品のパッケージなどに書かれている数字はあくまでも理論値であって、実効値とは異なる。
難しいのはドラフト1.0に準拠した製品を持っているユーザーだ。古いドラフト1.0に対応したアクセスポイント/ルータを探すべきなのか、それともドラフト2.0に準拠したドラフトn認証ロゴのついた製品にすべきなのだろうか。
ドラフト1.0に準拠した古い製品は、Wi-Fi Allianceによる認証の対象ではない。したがって、ロゴによる接続性の保証といった恩恵は受けられない。かといって、ドラフト1.0の機器同士であるからといって接続性が保証されるわけではない。もちろん、ほとんどの場合は問題なく接続できるはずだが、細かな相違により、データ転送レートに差が生じる可能性はある。しかし、無線のデータレートは、規格上(サポートする高速化オプション)の違いだけでなく、環境も含めさまざまな要素に影響を受ける。一概にドラフト1.0機器同士のほうが高速になるともいえないし、逆もまた然りだ。
この場合、やはり無難なのは新しいWi-Fi Allianceのドラフトnロゴ認証を受けたアクセスポイント/ルータだという。新しい機器のほうがチップの世代が新しく、基本的な性能が向上している。将来、無線LANクライアントを買い替えたり、買い増したりした際も、新しいアクセスポイント/ルータの方が有利であるからだ。世代間の互換性に不安があるのであれば、同じベンダーのクライアントとアクセスポイント/ルータであれば、かなり安心なのだが、ノートPC内蔵の場合、それを実現できるのはNEC(ノートPCとアクセスポイント/ルータの両方を製品に持つ)など、ごく限られたベンダーに限られる。現実的にはロゴを信じて購入することになるだろう。
主な無線LANチップ
ベンダー 型番 周波数帯 MIMO構成 最大データレート(送信/受信)
Atheros AR5008E-3NX 2.4GHz/5GHz 3×3 300Mbps/300Mbps
AR5008E-3NG 2.4GHz 3×3 300Mbps/300Mbps
AR9280 2.4GHz/5GHz 2×2 300Mbps/300Mbps
AR9281 2.4GHz 1×2 150Mbps/300Mbps
Broadcom BCM4321/2055 2.4GHz/5GHz 2×2 270Mbps/270Mbps
Intel 4965AGN 2.4GHz/5GHz 2×3 200Mbps/300Mbps
WiFi Link 5100 2.4GHz/5GHz 1×2 150Mbps/300Mbps
WiFi Link 5300 2.4GHz/5GHz 3×3 450Mbps/450Mbps
信じるものは救われる!?
こうした規格策定中の、ドラフトをベースにした製品でよく聞かれるのは、このドラフトベースの製品は、最終規格が出たときにアップグレードできますか、という点だ。筆者は802.11nについて、アップグレードを望むのは期待薄だと思っている。ドラフト1.0からドラフト2.0になった際、多くの無線LANチップベンダーは、既存の製品で2.0に対応したが、すでに消費者に販売された製品を2.0対応にすることはなかった。
ファームウェアアップデートなどで技術的には可能であっても、消費者の手元にある無線機の仕様を変えることは法規上認められない。もし、これを行うのであれば、ファームウェアアップデートを行ったノートPCをもう1度技術適合審査に出す必要があるが、そんなことをしてもコスト的に割に合わない。まだ決まってもいない最終規格に準拠した製品と、ドラフト2.0準拠製品の相互接続性など誰も保証してくれるわけはないが、ドラフト2.0の完成度から考えて、接続できなくなることはないだろう、ということのようだ。ここでも同じメーカー製であれば相互接続性についてはできる限りのことをしてくれるはずだが、これも容易ではない。ロゴに込められたWi-Fi Allianceの努力を信じるしかなさそうだ。