「PLC普及で新たな問題が顕在化」、DS2社のCEOが指摘
宅内または宅外に敷設された電力線を利用して、データをやり取りする電力線通信(PLC:Power Line Communication)。現在、PLCの普及促進を目的とした業界団体として、大きく分けて「HD-PLC Alliance」と「Universal Powerline Association(UPA)」、「HomePlug Alliance」の3つがあり、それぞれデファクト・スタンダード(事実上の標準)の獲得を目指した取り組みを進めている。
http://www.eetimes.jp/contents/200808/37465_1_20080801104949.cfm
3つの業界団体のうち、UPAを主導しているのがスペインDesign of Systems on Silicon(DS2)社である。UPA方式に対応したPLC用システムLSIを複数品種、市場に投入しており、2008年6月に台湾で開催された展示会「COMPUTEX TAIPEI 2008」では、新たな組み込み用PLCモジュール「DE21P」を発表した。このほか、物理層でのデータ伝送速度が400Mビット/秒に達するPLC用システムLSIの開発を進めていることを明らかにしている。
DS2社のPresident&CEOを務めるJorge Blasco氏に今後の開発動向を聞いた。
(聞き手=前川慎光)
2008年6月に開催された「COMPUTEX TAIPEI 2008」
で発表した組み込み用PLCモジュール「DE21P」。
EE Times Japan(EETJ) 米Parks Associates社の調査によると、宅内ネットワークを構築する際に採用されている方式は無線LANが50%を超えるのに対してPLCは8%にとどまる(いずれも米国での数値)。現在のところ、PLCは広く普及しているとは言えない状況だ。普及促進に向けた取り組みを教えてほしい。
Blasco氏 当社の取り組みを紹介する前に、PLCの普及状況が現在、どのような段階にあるかを説明しよう。
PLCが広く普及するまでには、3つの段階を踏む必要があると考えている。まず、リテール(一般消費者)向け市場で広く認知されること。その次に、IPTV事業者に採用されること。最後が、テレビやDVDレコーダ/プレーヤなどのさまざまなデジタル家電に組み込まれることである。日本では、PLC対応ADSLアダプタといったPLC関連機器が家電量販店で販売されており、第1段階は越えている。しかし残念ながら、IPTVに関連した市場はまだ立ち上がっていないのが現状だ。これに対して、欧州ではすでにIPTVに向けた市場が立ち上がっており、実際に、英国やスペイン、ポルトガルで、IPTV用セットトップ・ボックス(STB)向けアダプタにPLCが採用された実績がある。当社はこの市場に向けて、すでに200万個のチップを出荷した。
当社がCOMPUTEX TAIPEI 2008で発表したPLCモジュールは、IPTV市場でさらにPLCを普及させることを狙ったものだ。物理層でのデータ伝送速度が200Mビット/秒のPLC用チップ・セット「AITANA」を採用しており、IPTV用セットトップ・ボックスのほか、テレビやDVDレコーダ/プレーヤといった民生機器への組み込みに使える。
EETJ 今回発表したPLCモジュールの特徴を教えてほしい。
Blasco氏 消費電力が小さく、低コストといった特徴があるものの一番の売りは、Quick Integration(開発期間の短縮)が図れることである。PLCモジュールというハードウエアはもちろんのこと、システムLSIに実装するファームウエアや、それぞれの機器メーカーが独自の機能を作り込むためのAPI(Application Programming Interface)を提供する。このほか、イーサネットや同軸ケーブル向け、MII(Media Independent Interface)、DVI(Digital Visual Interface)などの多くのインターフェースを備えた評価用ボードや、リファレンス・デザイン(参照設計)を用意した。
これらの特徴を訴求して、このPLCモジュールの採用を促す。ただし、PLC対応機器が今後広く普及すると、現在ほとんど考慮されていない新たな問題が顕在化することが分かってきた。
EETJ PLCの普及に伴って顕在化する問題とは何か。
Blasco氏 アパートやマンションといった集合住宅(Multi Dwelling Unit)内の隣接した家庭に設置されたPLC対応機器が、お互いに悪影響を及ぼし合うというものだ。具体的には、「隣接ネットワーク(Neighboring Network)」の干渉が原因で、データ伝送速度が大きく低下してしまう。それぞれの機器が同じPLC方式を採用している場合に顕著になる。知る限りでは、この問題に対する対処はどのチップ・ベンダーも施していない。これは、リアル・プロブレム(極めて現実的な問題)だ。
集合住宅の隣接した部屋で同一方式のPLC対応機器を使うと、お互いに悪影響を及ぼし合う。PLC対応機器間でやり取りする制御信号を認識してしまうからだ。
この問題が発生する理由は、ある家庭のPLC対応機器から送信された制御信号を、異なる家庭のPLC対応機器が認識してしまうことにある。PLC対応機器は、別のネットワークの制御信号を認識すると、お互いのネットワーク間でデータのやりとりが競合しないように、データのやりとりを時分割して調整する。その結果、データ伝送速度は低下してしまう。しかも、隣接するPLCネットワークの数が増えれば増えるほど、データ伝送速度は下がる。
集合住宅のそれぞれの家庭では、配電線から電力計、分電盤という経路で電力が供給されている。当然、家庭内の電力線網から電力計を通って配電線に出て行く制御信号は減衰し、その減衰率は高い。しかし、減衰率が例えば85dBと高い場合でも、別の家庭内に設置したPLC機器は制御信号を認識してしまう。
当社では現在、この問題の解決に向けた研究・開発を進めている。データをやり取りする時間情報と、利用するチャネルの周波数帯域、出力電力という3つのパラメータを動的に調整する機能を実装することで解決を図る。実証実験では、隣接したPLCネットワークが3つ存在した場合にも、宅内のすべての電源コンセントで、少なくとも25Mビット/秒の実効速度が得られることを確認した。この機能を反映させたファームウエアを、2009年第1四半期に提供する予定である。
組み込み用PLCモジュールDE21P用の評価ボードである。さまざまな機器への組み込みに向けて多くのインターフェースを用意した。
EETJ 物理層でのデータ伝送速度が400Mビット/秒に達するPLC用システムLSIの開発を進めていることを明らかにしている(参考記事1/参考記事2)。
一般に、データ伝送速度を高めるには、信号レベルと雑音レベルの比(SN比)を高めたり、利用する周波数帯域を広げたりといった方法が考えられる。しかし、PLCでは、規制値が定められており信号レベルを大きく高められないほか、宅内の電力線を使うため雑音レベルを下げることも難しい。しかも、日本では利用可能な周波数帯域が2M~30MHzに限られており、データ伝送速度を高めるのは八方塞がりのように感じる。どのような手法を採るのか。
Blasco氏 確かに日本では、利用できる周波数帯域が2M~30MHzに制限されている。従って、この周波数帯域を遵守した上で、データ伝送速度の向上を図ることになる。いくつかの方策はあるものの、1つの可能性として例えば、OFDM信号の1つのキャリアで伝送する情報量を増やすことがある。これ以上の詳細は、現時点ではまだ明かせない。2009年末にサンプル出荷を開始する予定である。
EETJ PLCの応用例の1つに、宅内のさまざまな家電や民生機器の消費電力監視(モニタリング)がある。電力計とPLCアダプタを組み合わせて実現する。この用途は、消費電力削減の世論を背景に最近、注目を集めているようだ。この用途に対する取り組みがあれば、教えてほしい。
Blasco氏 宅内の機器の消費電力監視という用途は、今のところ当社が狙う市場ではない。マルチメディア・コンテンツを扱う、高いデータ伝送速度が求められる市場を狙う。ただし、海外ではそれぞれの家庭が消費する電力を自動計測するために、宅外のPLCが活用されている。この市場は対象とする。