このままではコンテンツ産業はジリ貧です~『著作権という魔物』
まねきTV」というサービスがある。海外にいながら日本のテレビ番組を見られるサービスで、永野商店という個人経営の小さな会社が始めたネットビジネスだ。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080716/165551/?ST=life
このビジネスの仕組みは次のようなものだ。
ソニーが発売している「ロケーションフリー」という商品がカギになっているのだが、これは、テレビ放送やHDDレコーダーに録画した番組を、無線LANやインターネットを介して、場所を問わず視聴できるAV電送機器である。
「まねきTV」は、このロケーションフリーを有料で預かるサービスだ。契約者は購入したロケーションフリーを永野の会社に配送するだけで、ブロードバンド回線を通じて、自分のパソコンやPSPなどで好きな番組をどこにいても視聴することができる。
その永野商店は、著作隣接権侵害だとして、NHKと民放5局からサービス差し止めなどの請求をされていたが、今年6月、東京地方裁判所は、本訴でも請求棄却の判決を出した。
本書が書かれた時点では、まだ仮処分申請の段階だったが、このときも地裁、高裁で棄却、最高裁への抗告は却下されている。テレビ局側が負け続けという結果だった。
実は、その「まねきTV」に先駆けて、「録画ネット」というサービスが裁判沙汰になったことがある。海外など遠隔地にいるユーザーが東京キー局のテレビ番組を視聴できるというもので、内容的には「まねきTV」と何ら違わないように見える。だが、この裁判ではテレビ局側の主張が認められ、サービス中止に追い込まれている。
その流れもあって、「まねきTV」とのトラブルも勝つ気満々だったテレビ局側。その鼻柱がへし折られたのは、サービス提供のシステムと法解釈の違いによるものだ。
「録画ネット」では、サービスを受けるためのテレビパソコンの調達やソフト開発は同社が行っていた。パソコンはクライアント個人のものだが、それを同社が一括管理していたので、サービスは「録画代行」と見なされ、違法との判断が下された。
一方、「まねきTV」の場合、ロケーションフリーという既存の商品を使っているため、個人的に受信したものを個人的に中継して見ているだけの私的行為だという解釈が成り立つ。それが明暗を分けた。
実際、法律に明るくない一般消費者からすれば、「まねきTV」は、「録画ネット」では空いていた法の穴を埋めただけに思えるのではないか。
「これでは著作権が及ばないビジネスモデルができてしまう」と、業界を震撼させた先の永野事件の当事者を皮切りに、著者は、著作権担当の弁護士や元官僚、著作権管理団体や制作プロダクションの人間など、著作権とその利権に関わる人々へのインタビューを試みる。著作権をめぐっていま何が問題になっているのかを、炙り出そうとしたのが本書だ。
著作“隣接権”との関係が問題だ
さて、一口に著作権というが、それは「著作者人格権」と「著作財産権」に分けられる。
前者は、著作物をどういう形で発表するかを決める権利や、著作物に氏名を表示する権利、著作物の改変や切除を認めない権利など、いわばクリエイターの名誉を守るもの。後者は、印刷などによって著作物を複製する権利、それを販売する権利など、クリエイターの利益を守るものである。
それらに付随して、レコード事業者や放送事業者などが有する「著作隣接権」というものがある。著作物を公衆に伝達するという前提のもと、録音・録画したり、送信したりする権利を指す。これがいちばんの曲者だ。いま声高に「著作権問題」として叫ばれていわれているものは、先の著作者人格権VS著作隣接権、あるいは著作財産権VS著作隣接権という図式の争いのように見えなくもない。
その証拠に、著作権云々でコンテンツの流通に歯止めをかけているのは、クリエイター自身より、二次使用の利権を狙う第三者が主である。
たとえば、ほとんどのテレビ番組は、テレビ局の依頼を受けた制作プロダクションによって作られている。著作権はプロダクション側にあるのだが、テレビ局の許可なしに二次使用することは事実上不可能である。
なぜなら、タレントのキャスティング業務や交渉、プロデューサー業務を担っているのは局であり、コンテンツの流通の窓口も原則、局が握っているケースが多いからだ。海外への流通やマーチャンダイジングに関しては、プロダクションと話し合う場合もあるようだが、そもそも局の既得権があまりに強い。過去のコンテンツなどを二次使用したくても、ウィンドーコントロールをしているのが局なのだから、どうしたってプロダクションは「頼んでする」立場に置かれてしまうと本書にはある。
また、広告がネットの方に流れているため、資金的にはずっと潤ってきた放送事業者も、いまや中期経営計画に「放送外収入の増加を目指す」「コンテンツのマルチユースを促進する」と掲げなければいけないような状況だ。にもかかわらず、コンテンツのデータベース化は遅々として進んでいないし、民放連などは誰が費用を出資するのかが滞っているせいだと言い訳する始末。
日本のコンテンツを国際的に流通させるためにも、戦略を練らなければいけないわけだが、日本はその分野でも遅れを取っているという。