電力線というありモノでLAN構築!の現在過去未来
電力線というありモノでLAN構築!の現在過去未来
http://www.atmarkit.co.jp/fnetwork/column/narumono14/01.html
山崎潤一郎
2006/12/5
この12月から発売された、屋内・構内LANとしての高速タイプのPLC機器。ラストワンマイルの夢を捨て、LAN利用として限定されたいきさつや、実際の使用感と無線LANと比較した速度レポートをお届けする
ゾンビのように息を吹き返したPLC
あれは2001年の冬だった。小雪が舞い散る福岡の地に降り立った筆者を迎えてくれたのは、体感で56kbpsアナログモデム程度の通信と、デスクトップパソコンよりも一回りも二回りも大きい専用モデム。九州電力が当時実施していた「PLC:Power Line Communications」(電力線通信)の実験だ。
東京めたりっく通信がサービスを発表した直後でブロードバンドなどという言葉が珍しく「ロクヨンロクヨンイチニッパ」のISDNが一般ユーザーにとっての最速インターネット、そんな時代だった。それにしてもだ。目の当たりにしたノロノロ速度と巨大なモデムを前に「果たしてこれが使い物になるのか」と心配になったものだ。
当時のPLC実験は、現在と違い10~450kHzという低い周波数帯域を利用したものであり、電柱まで敷設された光ファイバーから、宅内へ引き込む部分の通信、つまりラストワンマイルの最後の数~数十メートルに利用できないかという実験だった。それに、理論上の最大速度も約3Mbpsと、いまとなっては、何それ、といいたくなるようなシロモノだ。
写真1:PC本体より大きかった2001年のPLCアダプタ
あれから約6年、PLCは紆余曲折を経て、やっとわれわれ一般ユーザーが日本国内で合法的に使える技術として認められ、そして対応製品が登場した。
ただ、今回のPLCは当時と異なり、2~30MHzという高い周波数帯域を利用して通信を行うより高速なタイプ(理論上は190Mbps)。また、電柱から宅内への引き込みといった屋外での利用は明確に制限されており、宅内オンリーでの利用、つまり、屋内・構内LANとしての利用に限定されている。
そもそも2001年当時の実験は、NTT電話網の規制緩和(アンバンドル化)で実現したADSL開始の勢いに乗った、電話回線以外の常時接続型ラストワンマイルを模索する規制緩和ムーブメントの1つだったのだが、結局、電力線からの漏えい電磁波による同じ周波数帯域のほかの無線への影響が大きいとして規制緩和が見送られた経緯がある。
このときに、PLC実用化の望みは絶たれた観があったのだが、その後「e-Japan戦略 II」でPLCの「研究開発の推進」が盛り込まれたこともあり、ゾンビのように再び息を吹き返し、2005年1月に研究会が再開された。そして、2005年末に利用場所を屋内に限定して規制緩和することが事実上決定されたわけだ。
アマチュア無線にとっては“妨害電波”という問題
「落としどころ」という言葉がある。前述のように紆余曲折の末に実用化された日本のPLCだが、今回の実用化は相反する考え方を主張し合う2つの勢力の間で、何とか“落とす”ことができた苦労の産物と見ることもできる。
ネットワーク家電の分野で新たな需要を掘り起こすための方策として是が非でも実用化にこぎ着けたい推進派勢力がいて、その対極には、すでに割り当て済みの電波という既得権を何としても死守したい反対派勢力がいる。まあ、端的にいうと、前者が産業界で後者が主にアマチュア無線(ほかに短波ラジオや電波天文関係も)ということになるのだが、電波絡みの新しい技術がフィールドに放たれる際には大なり小なり巻き起こる、このような摩擦ではある。
筆者も、アマチュア無線家(残念ながら現役ではないが……)だけにすでに割り当てられて日々楽しく使っている周波数へ悪影響を及ぼしそうな製品が、いくら産業振興のためとはいえ、あまねく市場に出回ることの嫌悪感は十分に理解できる。また、その電波の周辺には、それで生業を得て既得権益を受諾している人々も大勢いるわけだから場合によっては死活問題と映ることもあろう。
実際、日本アマチュア無線連盟をはじめとして、PLCに反対する有志の人々のホームページでは、PLCの有害性について彼らの立場で徹底的に言及されているし、独自に電波障害の実験まで行って反対を表明してきた経緯が詳細に見て取れる。
ただ、今回PLCが正式に実用化された背景には、漏えい電磁波による妨害を許容できる範囲に抑え込むめどが立ったことによる総務省電波監理審議会の「規制緩和を妥当とする答申」があったわけだし、そこにはアマチュア無線を代表する既得権側の意見も盛り込まれた形となっている。
「アマチュア無線のために完ぺきな結果には至りませんでしたが、一連の対策により無線通信には大きな妨害なく通信ができるレベルにこぎ着けることができました」と結論付けた日本アマチュア無線連盟の電波審議会の結論に対するコメントは、「高速電力線搬送通(PLC)の総務省電波監理審議会での最終結論について」 で読むことができる。
ただ、上記コメントに続いて「一方推進側にはPLC実施に対し、実用化が困難と思われる値で決着することができました」と、答申を骨抜きにしてやったり! と勝ち誇ったような文言があるのだが、現に製品が出荷されるに至ったことを考えるとメーカー側の努力がその“困難と思われる”基準をもクリアしてしまったということになる。
写真2:パナソニックコミュニケーションズ・国内マーケティンググループカメラ営業チームチームリーダー・寺内宏之氏
実際、12月9日に「HD-PLC」技術を使用したPLCアダプタ製品を発売する松下電器産業は、特定の周波数の出力を抑え込むことでアマチュア無線や短波ラジオへの妨害電波の発生を最小限にすることを可能にした「Wavelet OFDM」方式を導入し、「非常に厳しい日本の漏えい基準をクリアすることに成功」(パナソニックコミュニケーションズ・国内マーケティンググループカメラ営業チームチームリーダー・寺内宏之氏)したと胸を張る。
ただ、日本アマチュア無線連盟が結論付けたように今回のPLCが骨抜きにされた結果としての実用化というのであるなら、その正否はマーケットが審判を下すことになるわけだから、今後の展開がどうなるか楽しみだ。
まあ、そのあたりは松下電器の側も心配しているようで、今回のPLCアダプタの記者発表に出席した記者にモニターとして製品を配布したり、電力系の通信事業者6社のブロードバンド回線ユーザーにモニタートライアルという名目で製品をプレゼントするなどして、とにかく使ってみて! という物量作戦に出ている。
まあ、これはこれで、PLCの行く末を占う意味では歓迎すべき手法だと思う。というのは、いくら基準をクリアしたとはいえフィールドに、しかもある程度の数量を出して使ってみないことには、妨害電波に関しては、その影響がどうなるか分からない部分がたくさんあるわけだから。
例えば、「Wavelet OFDM」方式の説明にも、「妨害電波の発生を最小限」にすると書かれており、「妨害電波の発生を最小限」という部分の言い回しに、PLCをめぐる問題の難しさがあって、対策を施した機器であれば、電波妨害は起きないのでは?といわれると「何ともいえない」というしかないもどかしさがあるのも事実なのだ。
厳しい基準をクリアした製品とはいえ「家庭用です。屋内で使ってください」と断り書きを付けて出荷しても、その使用環境は千差万別で、メーカー側では想像もつかないような環境や使い方をされる場合もあるだろう。そして、それが不幸にも近隣で短波系の無線を利用している人への障害要因となる可能性も十分あり得る。
そのような場合、総務省の側でも「十分な対策を取る」(日本アマチュア無線連盟のコメントより)としているようだし、そこは、なるべく早くPLC機器がたくさん出荷されて“ウミ”を早々に出してしまうという考え方があってもいいと思う。
不幸にも“ウミ”がたくさん出てしまうようなことになれば、もしかしたら、マーケットはPLC製品に退場を言い渡すことになるかもしれない。そうなると、日本アマチュア無線連盟のいう「実用化が困難と思われる値で決着することができました」という文言が正しかったことになる。
電流の電送ロスをなるべく抑える配置が必要
このように絶妙(?)の“落としどころ”を見つけて何とか船出した日本のPLCだが、利用する側もこの新しい方式の“個性”をしっかりと理解して導入する必要がある。
写真3:発売されたPLCアダプタ
今回、松下が出荷したPLCアダプタについても、「コードの部分が長くなればそれだけ伝送ロスが大きくなるので、なるべくなら壁のコンセントに直付けして使ってほしい」「たこ足配線での利用は厳しい」(寺内氏)とコンセントに差し込みさすれば何でもOKというわけではないようだ。
特に、近くでモーター、コンプレッサーを使う機器が作動していたり、ドライヤーといった機器が動作していると、そこから発生されるノイズが原因で伝送ロスが大きくなり速度低下が著しくなる。また、極め付きは、携帯電話の充電器だそうだ。「交流の位相を頻繁に切り替えながら充電する」(寺内氏)仕組みなので、2口ある1つのコンセントを共用するような場合は、やはり速度が出ないそうだ。
図1:PLCアダプターと家庭内LANの構成
また、この製品の発表会では、オフィスや事業所の需要にも期待する向きの発言があったが、上記のようなありさまだけに、ビジネスユーザーが導入する際には、電気配線がどうなっているのか、ノイズ源となりそうなものがないか、といった部分をSIerなどとしっかりと検討してからの導入とした方がよさそうだ。
戸外コンセントからの侵入に備えた暗号化
何だか、えらく気を使う必要のあるインフラという感じがしないでもないが、しかし「いったん接続して速度が出ていることが確認できれば、PLCは比較的安定して運用できる」(寺内氏)という。確かに、無線LANの場合は、先ほどまで調子が良かったのに、何らかの要因で急に不安定になる、といったことは珍しくないだけに、この点はPLCの有利な部分であろう。
今回松下電器が発表したPLCモデムには、暗号化技術が実装され認証した機器同士でないと通信が確立しない強固なネットワークセキュリティが実装されている。ここで、ちょっと不思議なのは、電波が飛び交う無線LANじゃあるまいし有線で引き回すPLCになぜ暗号化が必要なのかという部分。
これについて寺内氏は、「戸建ての家には大抵、外にコンセントがあるのでそこに第三者が機器を接続して通信を傍受する可能性もある」からだと教えてくれた。また、弱い信号に減衰してしまうとはいえ、分電盤を超えて電気の引き込み線に信号が流れる可能性もあるそうだ。
2001年の冬に初めてPLCの実験を見てから6年、その間に一般ユーザーを取り巻くネット環境は大きく様変わりした。結局ラストワンマイルへの利用はかなわなかったPLCだが、その代わり、「e-Japan戦略 II」でネットワーク家電の振興という業界の悲願を背負い、それを家庭内インフラの部分から後方支援する“国策”を担わされるハメになってしまった。そんなPLCは、果たして家庭内ユビキタスの夢を見ることができるのか、推進派と反対派の交錯する思いを乗せていま、飛び立とうしている。
●PLCを体験してみました!
パナソニックコミュニケーションズより、PLCアダプタの評価機が送られてきたので、早速、わが家で試してみた。
わが家は、木造2階建4LDKで総床面積が約100平米の一般的な戸建て住宅だ。新築時に各部屋にLAN配線をしておいたので、幸いネットワーク環境には不自由していない。
光ファイバーの終端装置に接続してあるルータの空きポートにマスター(親)アダプターを接続し、MacBookとターミナル(子)アダプターを持って各部屋のコンセントで、74.2MbyteのMPEG4動画ファイルの転送時間を測定した。
PLC 無線LAN(IEEE802.11g)
各部屋のコンセント5~6カ所での測定結果(無線LANはその周辺で測定) 1分38秒~2分18秒 25秒~1分53秒
【参考】携帯電話の充電器を接続したコンセントの場合、充電器なしで2分18秒。ありで2分40秒
そして、対抗馬として無線LAN(IEEE802.11gのAir Mac)を使いPLCで測定したコンセントの周辺で同じファイルを転送してみた。結果は別表にもあるように、無線LANに軍配が上がった。
驚いたのは、接続するコンセントによりけっこうなバラツキが出たことだ。有線LANなのに、電波状況に左右される無線LAN並のバラツキ具合がなんともご愛きょうだ。まさに速度に関しては「つないでみなければ分からない」というところ。
コンセントへのプラグ差し込み時は、ここは速度が出るかな~などと、「虎ヒゲ危機一髪」ゲームで樽に短剣を差し込むときのようなドキドキ感があり、妙な感じがしたものだ。
数値だけを見ると、無線LANに対し分が悪いPLCだが、名誉のために付け加えておくと、その接続の簡単さといったら唖然とするほどで、箱から出して2分としないでMacBookからネットや他のパソコンへの接続を完了した。
もちろん、難しい設定など一切不要。とにかく物理的なケーブル類を接続するだけでOKだ。最終的には、家電向けのネットワークの要としての技術を標榜するPLCだけに、これはすばらしいと思った。この接続の簡単さは、HD-PLC方式の自慢の1つのようだが、一般世帯にもネットワーク環境を普及させるという部分においては、電灯線という有りモノのインフラが使えるというメリットと同程度に特筆すべきことだと思う。
家の壁ウラを縦横無尽に這い回る電気の配線。この配線の仕方により、通信速度が大きく変わってくるらしい